技工士の苗床

ソシャゲとか日記とか

ソシャゲ

もはやスマホを持ってない人間が圧倒的にマイノリティと化した昨今、ソーシャルゲームの発展は目まぐるしいものがある。

 

私が初めてスマートフォンを持った日からはや10年。当時はiPhone4とかだったのに今や12とか言ってるのだから大したものである。

 

機体の性能が上がるにつれて、中身も充実していった。新タイトルが高度になるだけではなく、パズドラのようなソシャゲ黎明期を支えたタイトル達もアップデートを重ねていった。

 

サービス開始当初は位置偽装や、人が多い駅に行くだのしなければクイーンバタフライの運極を作れなかったモンストも、今やベッドで漫画読みながら作れてしまう時代である(もっともそんな地点は数年前に通過したわけだが)。

 

他にも現実とよりリンクさせたARゲームのポケモンGOや、かなりのスペックを要求するPUBG MobileやCODモバイルなど、iPhone4を握っていた頃では考えられないようなゲームが続々とスマートフォンで遊べるようになった。

 

当然、「次は何ができるようになる!?」と期待が膨らむわけだが、残念ながら最近ソーシャルゲームの進化は止まっているように私は感じる。

 

ここ最近、ゲームとはおおよそ呼べない単純な作業を強いるだけの「ゲー無」が乱発されている。

 

本来ゲームとは、なにかの目的を持ちそれをクリアして得る達成感がメインコンテンツの筈である。

 

それが強いボスであれ、難易度が高い謎であれ、はたまた広大な世界で資材を集めて作る自分だけの家であれ、ある種の達成感を得ることがゲームの楽しさだったはずである。

 

最近のソシャゲは「ガチャで強いキャラを当てる」がその目的になり、肝心なゲーム部分が薄くなってはいないだろうか。

 

別にパズドラを複雑操作の頭脳ゲーと言う気はない。だが、少なくとも昔は、「高難易度ダンジョンをクリアする」という最低限の達成感は得させてくれてたと思う。

 

可愛い女の子を置いたり、人気タイトルの力を借りたりしてガチャを引かせまくった方が楽にお金儲けできるというのは重々理解できる。

 

客がゲーム性を求めていないんだから、ゲーム部分が希薄となるのは当然である。

 

寧ろ難しい操作や敵などはマイナス要因とさえなりかねない。今は「簡単操作」や「放置」がウリになってしまう時代なのだ。

 

こういったソシャゲの変遷を見ていると、所謂「なろう系」が流行ったのも同じような理由ではないだろうかと推測できる。

 

みんな疲れているから、わざわざアニメに複雑な設定とか伏線を求めない。美少女がなんか動いてればそれでいいのである。自己投影した主人公が無双していればなお幸福になれるのではないだろうか。

 

 

だが1ユーザーとして、そんな時代だからこそメーカーの皆様には、「ゲームが面白いから課金したくなるソシャゲ」を作っていって欲しい。

 

私はデータガチャポンを引きたいのではなく、そのガチャポンの景品で遊びたいのだ。

 

幼少の頃ビデオ屋の前にあった、トランシーバーが当たるガチャガチャ。「当たったら秘密基地で使おう」そう心に決めて回していた。

 

それくらい当たった後の夢とワクワクがあるからこそ、人はガチャが楽しかったのではないだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東方ロストワードで藤原妹紅を引けなかったから書きました。